東京都区部のCPI
日本銀行が重視するのはCPIの上昇である。
かつては2%程度の物価の上昇が目標とされ、適切なCPIの上昇がなされるように政策金利を変更していた。現在では物価の上昇が急激になり、日銀の政策運営においてCPIの動向はますます重要視されるようになった。
CPIは毎月の月末近辺に公表される。具体的には、原則、毎月の最終金曜日に公表される。ただし、これは一ヶ月遅れのデータであり、例えば2025年2月末に公表されるCPIは2025年1月分のデータとなる。
一方、東京都区部のCPIは全体とは異なり、当月分のデータが公表される。つまり、2025年2月末に公表される東京都区部のCPIは2025年2月のデータである。このため、東京都区部のCPIは全国のCPIの速報値としての役割を果たすとされ、金融市場や政策決定においても重視される傾向がある。
しかし、東京都区部のCPIは本当に全国のCPIの先行指数として適切なのかという疑問がある。特に、東京都の家賃上昇や高級スーパーの価格変動が全国の物価を代表しているのか、違和感を覚えることが多い。
そこで、東京都区部のCPIが全国のCPIの先行指数として機能しているのかを検証した。対象としたのは「生鮮食品を除く総合CPI」であり、2020年2月から2025年1月までの60カ月分の前年同月比データを分析した。
まず、東京都区部のCPIと全国のCPIの変化率の関係を分析した結果は以下の通りである。
地域 | 傾き | 切片 | R^2 |
---|---|---|---|
東京都区部 | 1.069 | 0.000 | 0.978 |

この5年間のデータでは、東京都区部のCPIは全国のCPIと高い相関を持っていることがわかる。
しかし、CPIの上昇が顕著になった2023年2月以降のデータを用いた分析では、以下の結果となった。
地域 | 傾き | 切片 | R^2 |
---|---|---|---|
東京都区部 | 0.645 | 0.012 | 0.806 |

R^2(決定係数)が大幅に低下し、また傾きが1を下回っていることから、東京都区部のCPIが全国のCPIに与える影響は以前よりも低下していることがわかる。つまり、東京都区部のCPIが大きく上昇しても、全国のCPIの上昇幅はそれほど大きくならないことが示唆される。
地域別のCPI分析(2023年2月以降)
他の地域のCPIについても分析を行ったが、詳しくは「地域別のCPIの結果詳細(2023年2月以降)」を参照してほしい。
以下は、特徴的を説明する。
R^2が高い地域
地域 | 傾き | 切片 | R² |
---|---|---|---|
中都市 | 0.961 | 0.001 | 0.964 |
関東地方 | 0.817 | 0.006 | 0.907 |
さいたま市 | 0.809 | 0.007 | 0.830 |
京都市 | 0.937 | 0.002 | 0.822 |
川崎市 | 1.052 | 0.000 | 0.839 |
これを見る限り、中都市と全国のCPI(消費者物価指数)の相関係数(R²)は高い。特に地方単位で見ると関東地方、都市単位で見るとさいたま市、京都市、川崎市のCPIが全国のCPIをよく反映している。これは、これらの都市の物価動向が全国平均と比較的、似通っていることを示している。ただし、東京都区部以外の都市のCPIは全国のCPIと同じく1か月遅れで公表されるため、リアルタイム性という点では制約がある。
当初の疑問であった「東京都区部のCPIが全国のCPIの先行指標として適切かどうか」という点については、今回の分析から考えると、適切であるとは言い難い。東京都区部の物価は全国平均と比較すると上昇率が高く、その動向がそのまま全国の物価動向を予測する指標として機能するとは限らない。これにより、東京都区部のCPIを先行指標として使用することには、現在においては慎重な判断が求められる。
したがって、より全国の物価動向を適切に反映するためには、東京都区部のCPIのみならず、さいたま市、京都市、川崎市のCPIの速報値を公表することが望ましい。これらの都市のCPIが全国のCPIをよく説明しているという統計的な裏付けがある以上、速報値としての価値が高いと考えられる。こうしたデータが公表されることで、全国の物価動向をより的確に把握できるようになり、経済政策や市場分析にも活用しやすくなるだろう。
そのため、上記の地域の速報も公表するのはいかがだろうか?
R^2が低い地域
地域 | 傾き | 切片 | R² |
---|---|---|---|
佐賀市 | 0.430 | 0.014 | 0.170 |
大津市 | 0.452 | 0.016 | 0.147 |
那覇市 | 0.223 | 0.020 | 0.140 |
奈良市 | 0.267 | 0.019 | 0.077 |
高知市 | 0.128 | 0.024 | 0.029 |
山形市 | 0.208 | 0.021 | 0.025 |
松山市 | 0.082 | 0.025 | 0.013 |
高松市 | 0.089 | 0.025 | 0.009 |
四国地方 | 0.078 | 0.025 | 0.007 |
徳島市 | -0.089 | 0.030 | 0.006 |
徳島市のCPIは全国のCPIと大きく異なっており、R²値が極めて低い(0.006)ことからも、全国CPIとの関連性がほとんどないことが分かる。以下が、直近2年分の徳島市のCPIと全国のCPIの散布図である。

この要因として考えられるのは、徳島市が比較的独立した経済圏を持っている可能性だ。例えば、以下のような特徴が影響しているかもしれない。
- 地理的要因:四国地方は本州から離れており、特に徳島市は大都市圏からの影響を受けにくい。
- 産業構造:徳島県は製造業や農業が盛んな地域であり、地域内での自給自足が進んでいる可能性がある。
- 人口規模:都市の規模が小さく、全国的な消費トレンドとは異なる動きをする可能性がある。
- 物価の独自性:全国的な価格変動の影響を受けにくく、ローカルな価格形成が主流になっている可能性がある。
全国のCPIと大きく異なるという点は非常に興味深い。もし詳しく調査するなら、徳島市の物価動向を細かく分析し、他の四国地方の都市(松山市、高松市、高知市)と比較すると、さらに理由が見えてくるかもしれない。
ご参考:地域別のCPIの結果詳細(2023年2月以降)
都市規模別の分析
地域 | 傾き | 切片 | R^2 |
---|---|---|---|
大都市 | 0.844 | 0.005 | 0.950 |
中都市 | 0.961 | 0.001 | 0.964 |
小都市A | 1.103 | -0.003 | 0.970 |
小都市B・町村 | 0.974 | 0.000 | 0.900 |
地域別の分析
地域 | 傾き | 切片 | R^2 |
---|---|---|---|
北海道地方 | 0.757 | 0.004 | 0.735 |
東北地方 | 0.491 | 0.012 | 0.319 |
関東地方 | 0.817 | 0.006 | 0.907 |
北陸地方 | 0.808 | 0.006 | 0.485 |
東海地方 | 0.603 | 0.011 | 0.745 |
近畿地方 | 0.925 | 0.002 | 0.948 |
中国地方 | 0.663 | 0.010 | 0.921 |
四国地方 | 0.078 | 0.025 | 0.007 |
九州地方 | 0.942 | 0.001 | 0.659 |
沖縄地方 | 0.283 | 0.018 | 0.198 |
都市別の分析
地域 | 傾き | 切片 | R^2 |
---|---|---|---|
札幌市 | 0.640 | 0.008 | 0.653 |
青森市 | 0.444 | 0.015 | 0.242 |
盛岡市 | 0.344 | 0.016 | 0.295 |
仙台市 | 0.566 | 0.009 | 0.579 |
秋田市 | 0.719 | 0.007 | 0.692 |
山形市 | 0.208 | 0.021 | 0.025 |
福島市 | 0.409 | 0.017 | 0.312 |
水戸市 | 0.488 | 0.015 | 0.686 |
宇都宮市 | 0.858 | 0.004 | 0.608 |
前橋市 | 0.542 | 0.013 | 0.399 |
さいたま市 | 0.809 | 0.007 | 0.830 |
千葉市 | 0.522 | 0.014 | 0.783 |
横浜市 | 1.022 | -0.001 | 0.760 |
新潟市 | 0.575 | 0.014 | 0.466 |
富山市 | 0.263 | 0.020 | 0.227 |
金沢市 | 0.494 | 0.013 | 0.216 |
福井市 | 0.427 | 0.018 | 0.594 |
甲府市 | 0.717 | 0.007 | 0.846 |
長野市 | 0.598 | 0.009 | 0.704 |
岐阜市 | 0.517 | 0.013 | 0.564 |
静岡市 | 0.497 | 0.014 | 0.742 |
名古屋市 | 0.473 | 0.014 | 0.607 |
津市 | 0.521 | 0.015 | 0.679 |
大津市 | 0.452 | 0.016 | 0.147 |
京都市 | 0.937 | 0.002 | 0.822 |
大阪市 | 0.480 | 0.014 | 0.772 |
神戸市 | 0.844 | 0.003 | 0.755 |
奈良市 | 0.267 | 0.019 | 0.077 |
和歌山市 | 0.814 | 0.011 | 0.703 |
鳥取市 | 0.484 | 0.014 | 0.675 |
松江市 | 0.218 | 0.022 | 0.204 |
岡山市 | 0.489 | 0.016 | 0.822 |
広島市 | 0.592 | 0.012 | 0.754 |
山口市 | 0.617 | 0.011 | 0.827 |
徳島市 | -0.089 | 0.030 | 0.006 |
高松市 | 0.089 | 0.025 | 0.009 |
松山市 | 0.082 | 0.025 | 0.013 |
高知市 | 0.128 | 0.024 | 0.029 |
福岡市 | 0.582 | 0.011 | 0.444 |
佐賀市 | 0.430 | 0.014 | 0.170 |
長崎市 | 0.786 | 0.005 | 0.665 |
熊本市 | 0.690 | 0.008 | 0.850 |
大分市 | 0.535 | 0.014 | 0.316 |
宮崎市 | 0.771 | 0.003 | 0.405 |
鹿児島市 | 0.409 | 0.018 | 0.443 |
那覇市 | 0.223 | 0.020 | 0.140 |
川崎市 | 1.052 | 0.000 | 0.839 |
相模原市 | 0.609 | 0.011 | 0.838 |
浜松市 | 0.755 | 0.005 | 0.751 |
堺市 | 0.770 | 0.007 | 0.854 |
北九州市 | 0.442 | 0.014 | 0.251 |
この結果を踏まえると、東京都区部のCPIを全国のCPIの先行指数とするのは適切ではない可能性が高い。特に、東京都区部のCPIは全国のCPIに比べて上昇率が高い傾向があり、全国の物価動向を過大評価してしまうリスクがある。
したがって、全国のCPIの速報値として東京都区部のCPIだけでなく、さいたま市、京都市、川崎市のCPIも公表することで、より実態に即した指標を得ることができるのではないだろうか。
以上の分析から、東京都区部のCPIを全国のCPIの先行指数とするのは適切ではない可能性が高く、速報値としてより適切な地域のデータを公表することが望ましいと考えられる。
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